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【オール・ヘルズ・ブレイキング・ルース】
アルバム:LICK IT UP
(邦題:地獄の回想) (15枚目)
リリース:9/23/1983
↓ミュージックビデオ↓
(バシッ!とかガシャッ!とかビデオに合わせていろいろな効果音が入っているよ)
音楽史上、初めてハードッロックとラップを組み合わせてヒットした曲がこの「All Hell's Breakin' Loose」。ハードロックとラップの融合はそれ以前からいろいろなミュージシャンが試みてはいたけど、融合させた曲がチャートで大ヒットするとうようなことは誰も成し遂げられなかった。エアロスミスが「Walk This Way」をRUN DMCとの共同作業でラップバージョンに変えてラップブームに火をつけたのが3年後の1986年だったことを考えると、キッスはかなり早い段階から時代の先端を走っていたことになるよね。
ポール:「この曲はエリック・カー(2代目ドラマー)がオープンチューニング(曲のみ、歌詞なし)として作ってきた。エリックは曲の出来具合にはとても満足していた。レッドツエッペリンのようなロックだったよ。そこで俺は歌詞をラップにしてつけてみた。サビの「All Hell's Breakin' Loose〜!」というコーラスはジーンが作った。ところが、それを聴いたエリックは憤慨したよ。『俺の自信作を台無しにしやがって!』って怒ったんだ。エリックはこのニューバージョンをひどく嫌ってね…。こんなにかっこいい曲になったことに対して、なんであんなに怒っていたのか良くわからない…。自信作をぐちゃぐちゃにされた心境だったんだろうね。」
(写真):ビデオの中で絶叫しているエリック・カーの心境はいかに?!

アルバム:LICK IT UP
(邦題:地獄の回想) (15枚目)
リリース:9/23/1983
↓ミュージックビデオ↓
(バシッ!とかガシャッ!とかビデオに合わせていろいろな効果音が入っているよ)
音楽史上、初めてハードッロックとラップを組み合わせてヒットした曲がこの「All Hell's Breakin' Loose」。ハードロックとラップの融合はそれ以前からいろいろなミュージシャンが試みてはいたけど、融合させた曲がチャートで大ヒットするとうようなことは誰も成し遂げられなかった。エアロスミスが「Walk This Way」をRUN DMCとの共同作業でラップバージョンに変えてラップブームに火をつけたのが3年後の1986年だったことを考えると、キッスはかなり早い段階から時代の先端を走っていたことになるよね。
ポール:「この曲はエリック・カー(2代目ドラマー)がオープンチューニング(曲のみ、歌詞なし)として作ってきた。エリックは曲の出来具合にはとても満足していた。レッドツエッペリンのようなロックだったよ。そこで俺は歌詞をラップにしてつけてみた。サビの「All Hell's Breakin' Loose〜!」というコーラスはジーンが作った。ところが、それを聴いたエリックは憤慨したよ。『俺の自信作を台無しにしやがって!』って怒ったんだ。エリックはこのニューバージョンをひどく嫌ってね…。こんなにかっこいい曲になったことに対して、なんであんなに怒っていたのか良くわからない…。自信作をぐちゃぐちゃにされた心境だったんだろうね。」
(写真):ビデオの中で絶叫しているエリック・カーの心境はいかに?!
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【サイコサーカス】
アルバム:PSYCHO CIRCUS
(邦題:サイコサーカス) (28枚目)
リリース:9/22/1998
↓ミュージックビデオ↓
1974年にデビューし、1983年にはメイクを落としたキッス。メイクのないキッスも商業的には成功していたが、常にファンは心の中では「メイクをつけた『オリジナルメンバー』での再結成」を望んでいた。そんなファンの絶大な声についにキッスは答えた!1996年、メイクをしたオリジナルメンバーが「再結成」の記者会見を開いた。「キッスがメイクをしたオリジナルメンバーでニューアルバムを発表する」というニュースは世界中のロックファンに歓喜と期待を抱かせた。そして1998年、キッスは17年ぶりにフルメイクのオリジナルメンバーで戻ってきた!シングルカットされたこの曲「サイコサーカス」は予想通り大ヒット。ビルボードチャートでナンバー1になったほか、グラミー賞にもノミネートされたんだよ!
ポール:「新しいアルバムを作るときは、いつもアルバムの最初に来る曲を作るのが最も苦労する。アルバムの1曲目はそのアルバムの第一印象になるし、アルバムの方向性を示すのにふさわしい曲でなければいけないからね。特に今回は17年ぶりの再結成だ。キッスの絶頂期の音をそのまま再現したかった。そこで「サイコサーカス」はアルバム「デストロイヤー」(1976年リリース。セールス的には最も売れ、ファンの支持も最も高いアルバムと言われている)を思い出させるようなアルバムに仕上げることを目指した。そしてこの曲のデモテープを完成したとき、真っ先にボブ・エズリン(アルバム「デストロイヤー」のプロデューサー)に電話をかけた。この曲はぜひともボブにプロデュースしてもらいたかったからね。ところがボブのスケジュールがどうしても合わずに彼にプロデュースしてもらえないことがわかった。とってもがっかりだったよ。そこでスタジオでこの曲を作っているときは、いつも「ボブならどうするだろうか?」と考えながらこの曲を作っていった。この曲が完成してすぐにボブと会って、俺の車の中でこの曲を聴いてもらった。ボブは大きなスマイルを浮かべながら聴いてくれたよ。俺は「ボブ、いつも『ボブならきっとこうしただろう』と考えながらこの曲を完成させたよ」と言ったら、ボブは『私のイメージ通りの曲に仕上がってるよ』って言ってくれた。やった〜!と思ったね!」
このアルバムのセールスも好調で発売後5週間でゴールドディスクを獲得。オリジナルメンバーで全米&世界ツアーへと再び活動を再開していった。
(追記):実はこの「サイコサーカス」のレコーディングに参加しているのはポールとジーンのみ。ギターはエースの代わりにトミー・サイヤーが弾き、ドラムはピーターの代わりにケビン・バレンティンが叩いている。理由は、エースもピーターもスケジュールが合わなかった、とか…。少なくとも表向きはそういう理由になっているけど、本当の理由は分からない。結局、長い間の溝は簡単には埋められないということなんだろうね…。
(写真):1996年の再結成の記者会見。なぜかエースのメイクが赤い…。
アルバム:PSYCHO CIRCUS
(邦題:サイコサーカス) (28枚目)
リリース:9/22/1998
↓ミュージックビデオ↓
1974年にデビューし、1983年にはメイクを落としたキッス。メイクのないキッスも商業的には成功していたが、常にファンは心の中では「メイクをつけた『オリジナルメンバー』での再結成」を望んでいた。そんなファンの絶大な声についにキッスは答えた!1996年、メイクをしたオリジナルメンバーが「再結成」の記者会見を開いた。「キッスがメイクをしたオリジナルメンバーでニューアルバムを発表する」というニュースは世界中のロックファンに歓喜と期待を抱かせた。そして1998年、キッスは17年ぶりにフルメイクのオリジナルメンバーで戻ってきた!シングルカットされたこの曲「サイコサーカス」は予想通り大ヒット。ビルボードチャートでナンバー1になったほか、グラミー賞にもノミネートされたんだよ!
ポール:「新しいアルバムを作るときは、いつもアルバムの最初に来る曲を作るのが最も苦労する。アルバムの1曲目はそのアルバムの第一印象になるし、アルバムの方向性を示すのにふさわしい曲でなければいけないからね。特に今回は17年ぶりの再結成だ。キッスの絶頂期の音をそのまま再現したかった。そこで「サイコサーカス」はアルバム「デストロイヤー」(1976年リリース。セールス的には最も売れ、ファンの支持も最も高いアルバムと言われている)を思い出させるようなアルバムに仕上げることを目指した。そしてこの曲のデモテープを完成したとき、真っ先にボブ・エズリン(アルバム「デストロイヤー」のプロデューサー)に電話をかけた。この曲はぜひともボブにプロデュースしてもらいたかったからね。ところがボブのスケジュールがどうしても合わずに彼にプロデュースしてもらえないことがわかった。とってもがっかりだったよ。そこでスタジオでこの曲を作っているときは、いつも「ボブならどうするだろうか?」と考えながらこの曲を作っていった。この曲が完成してすぐにボブと会って、俺の車の中でこの曲を聴いてもらった。ボブは大きなスマイルを浮かべながら聴いてくれたよ。俺は「ボブ、いつも『ボブならきっとこうしただろう』と考えながらこの曲を完成させたよ」と言ったら、ボブは『私のイメージ通りの曲に仕上がってるよ』って言ってくれた。やった〜!と思ったね!」
このアルバムのセールスも好調で発売後5週間でゴールドディスクを獲得。オリジナルメンバーで全米&世界ツアーへと再び活動を再開していった。
(追記):実はこの「サイコサーカス」のレコーディングに参加しているのはポールとジーンのみ。ギターはエースの代わりにトミー・サイヤーが弾き、ドラムはピーターの代わりにケビン・バレンティンが叩いている。理由は、エースもピーターもスケジュールが合わなかった、とか…。少なくとも表向きはそういう理由になっているけど、本当の理由は分からない。結局、長い間の溝は簡単には埋められないということなんだろうね…。
(写真):1996年の再結成の記者会見。なぜかエースのメイクが赤い…。
【ゴッド・ゲイブ・ロックンロール・トウー・ユー II】
アルバム:REVENGE
(邦題:リベンジ) (22枚目)
リリース:5/19/1992
↓ミュージックビデオ↓
(ドラマーは3代目のエリック・シンガー)
1991年にリリースされたキアヌ・リーブスの主演映画「ビルとテッドの地獄旅行」のテーマソングがこの「God Gave Rock N' Roll To You II」。曲の最後にIIがついているのは、もともと1973年にリリースされたアージェントのヒット曲「God Gave Rock N' Roll To You」がオリジナルだから。メロディーはそのままだけど、歌詞を大きく変えたのでIIがついた曲名でリリースされた。
ちなみにこの曲は心臓の悪性腫瘍のため1991年11月24日に死去した2代目ドラマ−のエリック・カーの遺作でもある。ただし、この曲がレコーディングされた頃はすでにエリック・カーは病状が悪化しドラムを叩くことができない状態だったので、バックコーラスで参加した。映画のヒットに伴いこの曲もヒットしたけど、エリック・カーのことを思うととても悲しい曲に聴こえてくるね。
ポール:「レコード会社の勧めでアージェントのヒット曲をリメイクすることになった。ところがメロディははっきりと覚えていたんだけど、歌詞がうる覚えでどういう歌なのか思い出せなかった。そこでオリジナル版をじっくり聴いてみたんだけど、いったい何について歌っているのか全くわかならい!どうも「花、木々、蛇」について歌っているようだけど解釈が難解だった。そこでレコード会社には、サビの歌詞はそのまま残すけどその他の歌詞を変えることを条件に、リメイクすることにした。曲の出来映えにはとても満足している。」
ボブ・エズリン(プロデューサー):「この曲をレコーディングするとき、エリック・カーの病状はとても悪化しており、とてもドラムを叩ける状態ではなかった。そこでポールのソロ活動にドラマーとして参加していたエリック・シンガーに代わりに叩いてもらうことした(エリック・カーの死後、エリック・シンガーは正式に3代目ドラマーに)。そしてエリック・カーにはバックコーラスで参加してもらうことにした。レコーディングの朝スタジオに現れたエリックは見るからにやつれていた。でも彼はいつものように明るく振る舞い、私たちに心配をかけないようにわざと胸の心臓手術の跡を見せて『俺はデッドマンだぞ〜!』って私たちを笑わせようとした。私たちが彼を元気づけなきゃいけないのに、逆に彼から元気をたくさんもらったんだ。エリックのピュアで元気な歌声はこの曲のとても重要なパートになった。今でもこの曲を聴くと、エリックがマイクに向かって元気に歌っている様子が頭の中をよぎってくる。結局、あのレコーディングが私がエリックに会った最後の日となってしまった。」
(写真):映画「ビルとテッドの地獄旅行」

(写真):2代目ドラマー、エリック・カー。

(写真):3代目ドラマー、エリック・シンガー。

(おまけ#1):
↓アージェントの「God Gave Rock N' Roll To You」↓
ちょっとサイケデリック風でいい感じ!
(おまけ#2):映画「ビルとテッドの地獄旅行」
↓この曲が使われているエンディング場面↓
アルバム:REVENGE
(邦題:リベンジ) (22枚目)
リリース:5/19/1992
↓ミュージックビデオ↓
(ドラマーは3代目のエリック・シンガー)
1991年にリリースされたキアヌ・リーブスの主演映画「ビルとテッドの地獄旅行」のテーマソングがこの「God Gave Rock N' Roll To You II」。曲の最後にIIがついているのは、もともと1973年にリリースされたアージェントのヒット曲「God Gave Rock N' Roll To You」がオリジナルだから。メロディーはそのままだけど、歌詞を大きく変えたのでIIがついた曲名でリリースされた。
ちなみにこの曲は心臓の悪性腫瘍のため1991年11月24日に死去した2代目ドラマ−のエリック・カーの遺作でもある。ただし、この曲がレコーディングされた頃はすでにエリック・カーは病状が悪化しドラムを叩くことができない状態だったので、バックコーラスで参加した。映画のヒットに伴いこの曲もヒットしたけど、エリック・カーのことを思うととても悲しい曲に聴こえてくるね。
ポール:「レコード会社の勧めでアージェントのヒット曲をリメイクすることになった。ところがメロディははっきりと覚えていたんだけど、歌詞がうる覚えでどういう歌なのか思い出せなかった。そこでオリジナル版をじっくり聴いてみたんだけど、いったい何について歌っているのか全くわかならい!どうも「花、木々、蛇」について歌っているようだけど解釈が難解だった。そこでレコード会社には、サビの歌詞はそのまま残すけどその他の歌詞を変えることを条件に、リメイクすることにした。曲の出来映えにはとても満足している。」
ボブ・エズリン(プロデューサー):「この曲をレコーディングするとき、エリック・カーの病状はとても悪化しており、とてもドラムを叩ける状態ではなかった。そこでポールのソロ活動にドラマーとして参加していたエリック・シンガーに代わりに叩いてもらうことした(エリック・カーの死後、エリック・シンガーは正式に3代目ドラマーに)。そしてエリック・カーにはバックコーラスで参加してもらうことにした。レコーディングの朝スタジオに現れたエリックは見るからにやつれていた。でも彼はいつものように明るく振る舞い、私たちに心配をかけないようにわざと胸の心臓手術の跡を見せて『俺はデッドマンだぞ〜!』って私たちを笑わせようとした。私たちが彼を元気づけなきゃいけないのに、逆に彼から元気をたくさんもらったんだ。エリックのピュアで元気な歌声はこの曲のとても重要なパートになった。今でもこの曲を聴くと、エリックがマイクに向かって元気に歌っている様子が頭の中をよぎってくる。結局、あのレコーディングが私がエリックに会った最後の日となってしまった。」
(写真):映画「ビルとテッドの地獄旅行」
(写真):2代目ドラマー、エリック・カー。
(写真):3代目ドラマー、エリック・シンガー。
(おまけ#1):
↓アージェントの「God Gave Rock N' Roll To You」↓
ちょっとサイケデリック風でいい感じ!
(おまけ#2):映画「ビルとテッドの地獄旅行」
↓この曲が使われているエンディング場面↓